2025.09-17
『理想のキャプテン』を脱いだ先に 立川理道選手が語る「自分らしさ」から始めるリーダーシップ
RUGBY
リーダーとは、かくあるべきだ。
力強い言葉で仲間を鼓舞し、誰よりも自分に厳しく、そして、あらゆる責任をその一身に背負う。多くの人が、そんな『理想のリーダー像』を無意識のうちに思い描いているのではないだろうか。
そんな中、ラグビー界には独自のリーダーシップ論を持つ選手がいる。立川理道選手だ。 天理高校・天理大学、そしてクボタスピアーズ船橋・東京ベイ、さらには日本代表と、キャリアを通じてあらゆるカテゴリーでキャプテンを歴任してきた経験豊富な選手である。
立川選手のリーダーシップには、試行錯誤の歴史がある。周囲が期待する理想のキャプテン像に合わせようと努力する中で、自分らしさとのギャップに悩んだ時期もあった。そうした経験を通じて彼が見出したのは、『正解はない』という気づきと、『自分らしさ』を活かすことの重要性だった。
8月の長野県菅平高原で行われたスペシャルトークショー『LEADER’S MEETING』にて、彼の経験から紡がれたリーダーシップ論は、スポーツの世界に留まらず、変化の激しい現代社会を生きるすべての組織、すべての人々にとって、進むべき道を照らす灯となるだろう。


兄の影を追いかけたリーダーシップの原点
立川選手が初めてキャプテンマークを巻いたのは、高校3年生の時だった。それは、自ら望んだ役割というよりは、ごく自然な流れだったという。一つ年上の兄がキャプテンを務めており、その後を継ぐ形での就任。彼のリーダーシップは、偉大な兄の「真似」から始まった。
「その時は正直、兄の真似をしていればいいかな、というぐらいの気持ちでした」
しかし、兄弟でありながら、その性格は対照的だった。自分に厳しく、プレーで背中で仲間を引っ張っていく兄。対して立川選手は、「みんなと楽しくラグビーがしたい」という想いを根底に持つ、和を重んじるタイプ。テレビで見たラグビーのキャプテンがロッカールームで仲間を熱く鼓舞する姿こそが『正解』だと信じ込み、本来の自分とは違う姿を演じようとした。
「兄が作ってくれた良い文化は崩さずにと思っていました。でも普段の自分とキャプテンを演じている自分との間には、やっぱり違和感があった。自分の本音、自分らしさみたいなものが出せていなかったんです」
この違和感との戦いは、大学、そして社会人になっても続いた。周囲が期待するキャプテン像と本来の自分とのギャップ。その狭間で、彼は長い間、手探りでリーダーとしての道を探し続けることになる。
転機となったヘッドコーチからの言葉
長く続いた暗中模索のトンネルに光が差し込んだのは、クボタスピアーズでキャプテンを務めて3年ほどが経った頃だった。きっかけは、現ヘッドコーチであるフラン・ルディケさんとのシーズン後のミーティングでの一言だった。
シーズンを振り返り、立川選手が「あれがダメだった、これがダメだった」と反省点を並べた時、コーチはこう言った。
「結局、そのダメなチームを作り上げたのは、あなたと私だよ」
単なる叱責ではないその言葉は、立川選手の胸に深く突き刺さった。責任を一人で背負わせるのではなく「自分も一緒にその責任を負う」という、リーダーとしての覚悟に満ちたメッセージだった。
「僕だけの責任じゃないと、彼も一緒に責任を担ってくれたことが、すごくありがたかった。その時に、自分が本当に思ったことを自分の言葉でチームに発信しないと、みんなには響かないんだなと気づかされました」
誰かの真似ではない、借り物の言葉でもない。自分の中から湧き出てくる素直な想いを、自分の言葉で伝える。そして、責任は一人で抱え込むものではなく、信頼する仲間と分かち合う。この大きな気づきが、彼を『キャプテンの鎧』から解放し、『立川理道らしいリーダーシップ』を確立させる決定的な転機となった。


「任せる勇気」と「居場所を作る」
「自分らしさ」を見つけた立川選手のリーダーシップは、より柔軟に、そして強固になっていく。その核心は、主に二つの要素に集約される。
一つは、「任せる勇気」だ。キャプテンは、すべてを自分でやろうとしがちだ。しかし、彼は「一人では限界がある」と断言する。自分のパフォーマンスに集中するためにも、信頼できる仲間には、それぞれの分野で責任を持ってリーダーシップを発揮してもらう。
「『この分野はこの人に任す。責任は俺が取るから、あとは好きにやってくれ』と。キャプテンは、企業でいえば中間管理職のようなもの。色々なプレッシャーがかかる中で、すべてを抱え込むのは絶対に無理。仲間を信頼して任せることも、キャプテンの大事な仕事なんです」
もう一つは、「居場所の創出」である。特に、試合に出られないメンバーへの配慮を、彼は非常に重要視する。リーグワンのチームでは50名、大学だと100名を超える選手がいる中で、試合に出られるのは23人。そこには、どうしても温度差が生まれる。その溝を埋め、全員が「自分はチームに必要な存在だ」と感じられる環境を作ることこそ、リーダーの役割だと考えているのだ。
スピアーズでは、試合に出ない選手を「ノンメンバー」とは呼ばず、特別な名称をつけて共に戦う意識を高めたり、彼らが主体となってチームイベントを企画したりと、一丸となるための具体的な取り組みが行われている。リーグ初優勝を飾った2023年も、試合に望む時にSNSに投稿された集合写真の中央にいたのは、キャプテンの立川選手ではなく、その試合に出ていなかった選手だった。
「その写真を見た時、素直に『いいチームだな』と思いました。それもチーム全体として作り上げてきた、良い文化なのだと思います」
試合に出る選手も、出られない選手も、すべてのスタッフも、全員がチームの一員としての誇りと居場所を持つ。この一体感こそが、スピアーズを頂点へと導いた最大の要因だったのかもしれない。
次世代へのバトンタッチ
立川選手のリーダーシップ論で特筆すべきは、「バトンタッチ」の重要性を深く認識している点だ。彼は、リーグ優勝を成し遂げた直後、ヘッドコーチにキャプテン交代を進言している。
「チームがさらに良くなるためには、絶対にチェンジが必要だと思っていました。若くて優秀なリーダーも育ってきていたので、最高のタイミングだと」
結果的に、チーム事情からもう1年キャプテンを継続することになったが、その翌年、彼の想いは実現する。日本の組織では、一度築いた地位や役割を手放すことに抵抗を感じるケースが少なくない。しかし彼は、自身の役割にしがみつくことなく、組織の未来を見据えて、最も良いタイミングで次の世代に道を譲ることの重要性を理解していた。
そして、キャプテンを退いた後も、彼の役割が終わったわけではない。新しいキャプテンが悩んだり、孤立しそうになったりした時に、いつでもサポートできる準備をしていたという。
「自分が経験してきたからこそ、一番のサポーターになれると思っていました。結局、彼と周りの選手たちが素晴らしくて、僕が出ていく場面はなかったですけどね」
自らが退く勇気と、後任を支える覚悟。これもまた、成熟したリーダーだけが持ち得る資質と言えるだろう。


「リーダーシップに正解はない」
立川選手の言葉を紐解いていくと、そこに小難しいリーダーシップ理論は存在しない。あるのは「自分らしさを大切にすること」「仲間を心から信頼すること」「誰も置き去りにしないこと」という、シンプルな哲学だ。
「リーダーシップに、正解はありません。だからこそ、自分らしいリーダーシップを見つけることが大事なんです」
現在リーダーの立場にある人、これからリーダーを目指す人にとって、立川選手の経験談は参考になる部分が多いはずだ。特に「自分らしいリーダーシップを見つける」という考え方は、多くの人にとってヒントになるだろう。

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