2025.08-15
「緊張はしない、楽しみなだけ」 慶應義塾体育会女子ラクロス部・秋山美里さんの積み重ねた努力が生む自信
LACROSSE
夏の日差しが容赦なく降り注ぐ多摩川の河川敷。午前7時半とは思えない熱気の中、選手たちは声を掛け合い、クロスを振る。パスが素早く繋がり、ゴール前でボールを受けた一人の選手が、ためらうことなく腕を振り抜いた。放たれたボールは鋭い軌道を描き、ネットに突き刺さる。慶應義塾体育会女子ラクロス部。週5回の練習で鍛え上げた努力は、その日焼けした肌と、迷いのない動きが物語っている。
攻撃の中心に立つのは、4年生の秋山美里さん。ほとんどの選手が大学から競技を始める中、彼女は10年のキャリアを持ち、今年初めには日本代表にも選出された実力者だ。
そのシュートには、技術と自信、そして勝利への強い意志が宿る。まるで、ボールに魂を込めるかのように。
160人を超える大所帯の中で、彼女は自らの役割を「技術面でチームを引っ張ること」と語る。誰よりもラクロスを愛し、誰よりも勝利に渇き、その姿勢で仲間を引き込んでいく。
なぜ彼女は、これほどまでに輝き続けられるのか。その答えは、ラクロスと歩んだ10年間にあった。


彼女とラクロスの出会いは中学1年の春。親戚がプレーしていたこと、進学先に関東でも数少ないラクロス部があったこと、いくつもの偶然が重なり、クロスを握る決意をした。
「それまで球技の経験はほとんどありませんでした。バレーボールやバスケも考えましたが、経験者の子たちには敵わないだろうなと思って。ラクロスなら、みんなが同じスタートラインに立てるのが魅力でした。」
未知のスポーツへの挑戦。しかし不安はすぐに歓喜へと変わった。道具を使ってボールを操り、シュートを決める。その一つ一つのプレーが、まるで初めから用意されていたかのように彼女の感性にフィットした。
「見た目の華やかさとは裏腹に、コンタクトが激しいスポーツだというギャップには驚きました。ディフェンスの選手から腕をクロスで叩かれることも多くて。でも、それ以上に道具を使ったプレーが楽しくて、苦戦した記憶はあまりないんです。ボールを拾う、パスを出す、シュートを打つ。そのすべてが楽しくて、すぐに自分に合っていると感じました。」
楽しさの中で才能は開花する。特にシュートは、彼女にとって特別なものだった。どうすればもっとゴールを奪えるか、どうすれば相手の意表を突けるか。探求心は尽きず、やがてシュートは彼女の代名詞となり、最大の武器となった。


大学に進学し、その才能は一気に頂点へと近づく。1年生の時、決勝で2得点を挙げ、日本一の栄光を手にした。しかし勝負の世界は非情だ。翌年、さらにその翌年と結果を残せず、目標を見失いかけた日々もあった。「ラクロスを辞めようと思ったこともあります」と振り返る。
それでも彼女を繋ぎとめたのは仲間の存在だった。
「大学1年生で日本一を経験したメンバーが、今の同期では私だけなんです。だからこそ、この大好きな同期たちと、もう一度一緒に日本一になりたいと思いました。」
焼けつくような夏の日差しの中での練習。腕や足に残るアザの痛み。それでも練習で良いプレーができた時、試合で仲間と勝利を分かち合えた時、彼女は心の底から「やってて良かった」と思う。頂点に立つことの難しさを知っているからこそ、その喜びが何物にも代えがたいことも知っている。


最終学年となった今年、彼女はトップチームの幹部として160人を率いる。選手一人ひとりのレベルも、ラクロスへの熱量も違う。それでも彼女は、チームは一つになれると信じている。
「このチームは、トップチームから下の学年のチームまで孤立せず、お互いを応援し合える関係を築けています。練習時間が違っても、トップチームの選手が下級生の練習を見に行くこともあるんです。」
そして彼女の武器は、やはり卓越した技術だ。特に十八番であるシュートには、10年間の探求のすべてが詰まっている。
「シュートのバリエーションを増やすために、たくさん練習しました。ただ打つだけじゃなく、ゴールキーパーの動きをギリギリまで見て、リリースのタイミングを少しだけずらす。そうやって、確実に決めきるための工夫を常に意識しています。」
不断の努力の積み重ねが自信を生む。試合前、多くの選手がプレッシャーに飲まれる中、彼女は少し違う。
「特に願掛けはしません。テンションの上がる音楽を聴いて気持ちを高めるくらいです。緊張するよりも『やってやるぞ』という楽しみな気持ちの方が大きい。それは負けず嫌いな性格もありますが、何より積み重ねてきた練習があるからこその自信です。」
最高の準備こそが最高の自信を生む。その自信が、プレッシャーを歓喜への期待へと変えていく。


大学卒業後も、クロスを置くつもりはない。来年、日本で開催される世界大会。その舞台に日本代表として立つことを、新たな目標に据えている。
「競技はまだ続けます。目標は、周りから信頼される選手になること。試合の勝敗を分ける場面で『あいつに任せよう』と仲間から信頼される選手になりたいです。」
ラクロスに打ち込んだ10年間が、彼女に与えてくれたのは技術だけではない。物事を追求する姿勢、困難に粘り強く向き合う力。それらはこれからの人生でも、彼女を支える大きな力になる。
今年のチームの目標は、もちろん日本一だ。
「目の前の相手に絶対勝つ。その強い気持ちがプレーに表れると思います。」
そう語る彼女の瞳に迷いはない。ラクロスに出会えた喜び、仲間への感謝、勝利への渇望。そのすべてを力に変え、今日もゴールを狙う。チームを日本一の座へ導くため、信頼の一撃を放つ瞬間を待っている。

