2025.08-15
立ち上がるたび、強くなる──法政大学バスケ部・鍋田憲伸さんの決意
BASKETBALL
8月の菅平は、学生スポーツの合宿地として知られる。東京都内よりも気温が10度ほど低く、多くの大学チームが新シーズンへ向けた最終調整に臨む。関東大学バスケットボール2部で戦う法政大学も、その一つだ。
午前の練習を終え、湿った熱気が漂うアンダーアーマー菅平アリーナ。全体練習終了の声が響くなか、一人の選手が同級生を呼び止め、静かだが熱を帯びた言葉を投げかけていた。3年生の鍋田憲伸さん。視線の先には、迫り来る最後のリーグ戦、そして幾多の挫折を越えて自ら掴もうと誓った未来がある。
「お前はもっとやれるはずだ。いい時はできているのに、ミスが続くとメンタルが落ちてしまう。それじゃダメだ。お前の泥臭いプレーがチームには必要なんだ。」
彼のリーダーシップは、大声で鼓舞するタイプではない。厳しい言葉を投げることもあるが、何よりも自らの姿勢で覚悟を示す。なぜここまで強く、ひたむきでいられるのか。その答えは、光と影が刻まれたバスケットボール人生にある。


彼がバスケットボールと出会ったのは、兄の存在がきっかけだった。Bリーグで活躍するプロ選手・隆征さん。幼い頃から兄の背中を追い、同じ競技に魅せられた。
「バスケは奥深いです。点を取るにも守るにも心理戦や戦術、駆け引きがある。相手のシステムを見て、どこを突けばいいかを考える。そういう奥深さを知った時、自分の戦う場所はここだと感じました。」
中学時代からは、得点と同時に試合をコントロールする役割を担った。派手さではなく、頭脳と洞察力でゲームを支配する。ノーマークの仲間を見つけ、効率よく得点に結びつける。そんな献身的な姿勢こそ、彼のプライドの源になった。


しかし高校時代、順調な道は一変する。右足前十字靭帯断裂。そして復帰を果たす前に、今度は左足を同じ箇所で断裂。選手生命すら脅かす重傷だった。
「もう辞めたいというか…『終わったな』と思いました。同級生が大会で活躍しているのを見るのが悔しくて、気持ちが沈みました。」
長く孤独なリハビリを支えたのは、周囲からの言葉だった。
「チームメイトが『待ってるよ』と言ってくれて。その一言で裏切れないと思いました。両親も毎日のように『ちゃんとご飯食べてる?』と声をかけてくれた。見てくれていると感じた時、この人たちのために、もう一度元気な姿を見せたいと思いました。」
体育館の匂い、ボールの感触、仲間とのパス交換。二度の絶望を経て、それらがどれほど貴重かを知った。彼は「感謝」という揺るぎない土台を心に築き上げた。


法政大学進学後も、甘い現実はなかった。昨季、1部昇格をかけた入れ替え戦で敗れ、夢は指の間からこぼれ落ちた。だからこそ、今季への思いは強い。
「今の4年生は、僕が見てきた中で一番チームに対する姿勢が熱くて、彼らの強い思いがチーム全体に伝わっています。彼らは練習中も、試合中も、そしてベンチにいる時でさえ常に声を出し続けており、その姿勢がチームの良い雰囲気を作り出しています。」
8月27日には、いよいよリーグ戦の初戦を迎える。
「春と比べて少しずつ良くなっていますが、まだまだできることがあると感じています。この合宿でさらにレベルアップしたいです。」


彼には試合前の小さなルーティンがある。シューズは左足から履く。試合前には必ずチームメイトとコンビニでポカリスエットを買う。単なる願掛けではなく、心と身体を一定に保つための準備だ。
そしてもう一つの「準備」がある。練習や試合に臨む前、高校時代の悔しさを思い出すのだ。
「今日の練習で何かを必ず学ぼう、絶対このプレーを成功させよう、と自分に言い聞かせます。」
痛みや敗北の記憶を消さず、力に変える。それが今の彼を支えている。
「自信を持って試合に臨めたことは一度もない」と笑う。だからこそ、準備を重ね、自分を追い込む。すべての痛みを戦うエネルギーに変えて。


大学卒業後は、幼い頃から追い続けてきたプロの世界を目指す。兄からも厳しさを聞いているが、決意は揺らがない。
「オリンピックや世界で活躍する日本代表選手のように、子どもたちに夢と感動を与えられる選手になりたい。」
何度打ちのめされても、人は立ち上がれる。深い絶望を知る人間ほど、強く、優しくなれる。コートに落ちる汗は、彼が流してきた涙の結晶。その一滴一滴に、鍋田憲伸という人間の生き様が宿っている。
