2025.08-15
「楽しみだなと思えたら、私の勝ち」 東京女子体育大学水球部・村松季歩さんの競技に懸ける覚悟
WATERPOLO

水球と呼ばれる競技を見たことがあるだろうか。英名は『Water Polo』。馬に乗って、ボールを相手のゴールへと運ぶ競技が元になり、19世紀後半にイギリスで誕生したこの競技は、『水中の格闘技』と表現されるほど常に激しい攻防が繰り広げられる。

「見えないところで蹴られたり、沈められたりするのは当たり前なんです」

水しぶきが舞うプールサイドで、彼女は屈託のない笑顔でそう語った。その表情と、言葉が描写する過酷さとのギャップに、思わず息をのむ。

縦25m、横20m、足のつかないプールで、選手たちはポジションを奪い合い、全力で泳ぎ続ける。試合が終わる頃には数キロ体重が減ることも珍しくないという。東京女子体育大学の水球部でプレーする2年生・村松季歩(きほ)さんが身を置くのは、そんな極限の世界だ。

なぜ、彼女はこれほど過酷な競技に青春を捧げるのか。

彼女と水球の出会いは、偶然だった。中学時代まで打ち込んでいたのは、競泳とバレーボール。水球とは無縁のスポーツ生活を送っていたが、ある日、練習を見学したことでその運命は大きく動き出す。

「最初はマネージャー志望で練習の見学に行ったんです。でも、もともと競泳で泳げたこともあって、『だったら選手やってみない?』と言われて、始めることにしました」
正直、最初はルールさえ全く分からなかった。それでも、試合観戦で見た光景が彼女の心を掴んだ。バレーボールで経験したチームスポーツならではの楽しさ。激しくぶつかり合いながらも、そこには確かな仲間との一体感と絆が見えた。

「すごく面白そうだなって思ったんです。コンタクトがある競技は新鮮だったし、競泳の泳力とバレーの球技経験も活かせるかなって」

期待を胸に、彼女は未知の世界へ飛び込んだ。しかし、その現実は想像を絶するものだった。

「水中でのポジション争いは本当に激しくて、蹴られたり沈められたり…。特にディフェンスに切り替わる瞬間は相手が足を使ってくることが多くて、その時が一番痛いですね」

引っかき傷や打撲は日常茶飯事。時には脱臼などの大怪我をすることもある。だが、彼女は「もちろん痛いんですけど、それだけじゃない」と力強く語る。その痛みの先にあるものこそ、水球という競技の真髄だった。

「試合中に『最高!』って思える瞬間があったんです。高校1年の時に自分がベンチにいた試合で、みんなで声を掛け合って、それが周りにどんどん伝わって熱くなっていって、チームが一体になっていく感覚がすごく良くて。それが水球の一番の魅力かなと思います」

個々の力を結集させ、一つの目標に向かっていく高揚感。試合が終われば、激しくぶつかり合った相手と「大丈夫?」と声を掛け合える関係。過酷な競技だからこそ生まれる濃密な時間が、彼女を水球にのめり込ませていった。

しかし、順調に水球の世界に惹きつけられていった彼女を、最大の試練が襲う。高校時代、目標としていた大会を前に、指導者であるコーチが全員辞めてしまったのだ。チームは一時的に放置され、進むべき道を見失った。

「目標としていた大会に向かって頑張る指導者がいないなら、続ける意味あるのかなって思って、しばらく休んでいました」

情熱の灯火が消えかけたとき、彼女を救ったのは一人の顧問の先生だった。選手たちの苦悩に真摯に耳を傾け、「じゃあ自分が見るよ」と手を差し伸べてくれたのだ。その一言が、止まっていた彼女の時間を再び動かした。

「それが、もう一度頑張ろうと思えたきっかけでした。」

この経験を通して、彼女は仲間の存在の大きさを再認識する。大学に進学した今、チームメイトは「ただの友達じゃなくて親友みたいな存在」だという。「辛い時も嬉しい時も共有できる、本当に大切な仲間です。喧嘩もしますけど、それも気持ちを伝えることの一部。黙っていたらチームスポーツの意味がなくなっちゃうから、ちゃんと言葉にするようにしてます」。

日々の練習で誰かが辛そうな顔をしていれば、「ラストだよ!」と声をかけ、チームの雰囲気を明るくする。プレーだけでなく、その行動や態度でもチームを牽引する。彼女のポジティブな姿勢は、困難を乗り越えた経験に裏打ちされた強さの表れだ。

「実は緊張しがちなタイプなんです。大事な試合前に大泣きしたこともあります」

だが今は、その緊張が最高の高揚感に変わる瞬間を知っている。「試合当日に『楽しみだな』って思えたら、自分の中では勝ちなんです。挑戦者の立場のほうが、守るものがないから楽しめる。そういう時ほどうまくいく実感があります」。

彼女がそう言い切れるのは、試合に向けた万全の「準備」、すなわち心身が「ALL SET」な状態にあるからだ。その哲学は、日々の食生活にまで貫かれている。

「高3の時から続けているルーティンです。朝はサラダチキンと春雨スープ、リンゴ、ビタミン入りのゼリー飲料。母が願掛けで続けてくれた習慣でもあります。正直、食べたから勝てるわけじゃない。でも、負けたときに『あの時ちゃんとしておけばよかった』って後悔したくないんです」

日々の厳しいトレーニング。仲間とのコミュニケーション。心と体を整える食事。後悔しないために、今できる全てをやり尽くす。そのアスリートとしての覚悟が、彼女を強くし、プレーを楽しむ余裕を生むのだ。

「将来的には、水球は大学で終わりかなと思ってます。社会人になったら仕事との両立は難しい。学生だからこそ、これだけ水球に打ち込めているんだと思う。だからこそ、あと2年間は全力でやりきりたいです。」

限られた時間だと分かっているからこそ、一瞬一瞬が輝きを増す。高校時代は「自分が頑張らないと負ける」と自分を追い込み、周りに厳しく当たってしまうこともあった。しかし、大学で多くの仲間と出会い、「自分が点を決めなくても勝てる」という安心感が、彼女に新たな視野を与えた。今は周りの選手のプレーを真似ることで、学び、成長する余裕が生まれた。

「水球に打ち込める今がすごく幸せなんです」

彼女は最後にこう語った。自分の好きなことを優先できる環境、応援してくれる家族や友人、そして水球に不可欠なプールや指導者。その全てが当たり前ではないことを知っているからこそ、感謝の気持ちが湧いてくる。その感謝が、また彼女を動かす大きな力となる。

「卒業後は、トレーナーとしてスポーツを支える側に回りたいです。」その夢に向け、すでに資格の勉強も始めている。水球を通して得た経験と学びは、彼女の未来への確かな「準備」となっている。

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