2025.09-24
走り続ける理由の先に 中央大学陸上部・浜野光さんが繋ぐ、覚悟の襷
TRACK&FIELD
合宿シーズンのピークが過ぎようとしている9月上旬の長野県・菅平高原。大学の夏休み終盤にトラックで黙々と走るチームの姿がある。
息が上がり、心臓が悲鳴をあげる。一歩踏み出すごとに、脚が鉛のように重くなる。
「何のために、こんなに苦しい練習を続けているんだろう」
自らの限界に挑み続けるアスリートなら、誰もが一度は抱く問いだ。中央大学女子陸上競技部長距離ブロックのキャプテン、浜野光さん。箱根路を駆け抜けた父の背中を見て育ち、いつしか自らも走りの世界に身を投じた彼女もまた、この問いと向き合い続けてきた。
走り続ける原動力の裏側には、どのような覚悟が隠されているのか。


原点は「遊びの延長線」
陸上競技は、常に浜野さんの身近にあった。箱根駅伝で活躍した父の影響で、物心ついた頃から走ることは特別なことではなかったという。「陸上を観に行ったり、触れる機会が多かったのかもしれないです」。しかし、彼女が本格的な競技の道へと進んだのは、意外にも純粋な楽しさからだった。
「ちゃんと陸上を始めたのは中学生からなんですけど、小学校5年生の時にスポーツ少年団みたいな感じで、楽しく走ったりはしてました。自分からやりたいと思ったわけではなくて、『行ってみたら?』と誘われたのがきっかけです」
その場所が、彼女の走ることへのイメージを根底から変えた。
「そのチームがすごく遊びの延長線で走ったりとか、すごいワイワイみんなで楽しく走るようなところだったので、そこでイメージが変わったっていうか。走るのは全然好きとかじゃなかったんですけど、そこで『ちょっと楽しいのかな』と思ったのかもしれないですね」
勝利至上主義ではない、走ることそのものがもたらす高揚感。仲間と汗を流す一体感。このポジティブな体験が、浜野さんの心に深く刻み込まれ、10年以上にわたる競技人生の礎となった。


「辞めたいは、なかった」仲間がくれた走り続ける力
しかし、競技レベルが上がるにつれて「楽しい」だけでは乗り越えられない壁が立ちはだかる。
「目標があればそれに向かって突き進んでいけるタイプなんですけど、目標がなかったりすると、ちょっと他の事に逃げたいなって思ったり、『何のためにやってるんだろうな』って考えちゃう時もありました」
それでも、彼女の口から「辞めたい」という言葉が出ることはなかった。その理由を尋ねると、彼女は迷うことなく「周りに恵まれたから」と答えた。
「結果が一番の世界なんですけど、結果ばかりにとらわれずに走っていく楽しさとかを教えてくれた人が周りに多かった。結果ばかり求められずに、伸び伸び自分のペースでやってこれたっていうのが一番大きいのかなって思います」
陸上は孤独なスポーツに見えるが、共に練習に励み、励まし合い、時にはライバルとして切磋琢磨する仲間がいる。浜野さんにとって、走ることは決して一人だけの行為ではなかった。結果が出ない苦しい時期も、共に歩んでくれる仲間がいたからこそ、彼女は走り続けることができた。


「そのままでいい」キャプテンの重圧と救い
最終学年で長距離ブロックのキャプテンという大役を任された浜野さん。しかし、元々先頭に立ってチームを牽引するタイプではなかった彼女にとって、その重圧は想像以上だった。
「正直、自分は前に出てリーダーシップを発揮したりするタイプじゃないっていうのは自分で分かってたので、『大丈夫かな』っていう不安はありました。『ちゃんとしなきゃ』『まとめなきゃ』っていう風に思って、それが空回りしたり…」
そんな彼女を救ったのは、監督からの意外な一言だった。
「監督に『どうしたらいいですか?』って相談した時があったんですけど、『そんな背負いすぎなくて大丈夫だよ、そのままでいてくれたら別にいいよ』って。その言葉に、すごく救われました」
完璧なリーダーになる必要はない。弱さも不安も抱えた、ありのままの自分を受け入れること。そして、そんな自分を信じ、支えてくれる仲間を信じること。それが、彼女が見つけた自分らしいキャプテンの姿だった。
「皆を支えなきゃって考えなくていいんだ、自分は自分でいいんだって思えました。それからは、一人ひとりをちゃんと見て、コミュニケーションを取ることを意識しています」
自身の苦しんだ経験があるからこそ、後輩にかける言葉には重みと温かみが宿る。
「1年生が大学の練習に慣れて疲れが出てくる時期に、自分も1年目は本当に上手くいかなくて、『あと何日練習したら卒業できるんだろう』って考えてた、という話をします。でも、必死に先輩たちについていったら、気づいたら結果を出せるようになってきたから、自分のペースでやっていこうねって」
経験に裏打ちされた言葉は、何よりの道標となる。個人競技とチーム競技、ライバルであり仲間であるという複雑な関係性を乗り越え、中央大学女子陸上部は浜野さんを中心に一つの強い集団へと成熟していく。


最後の駅伝シーズンにかける思い
大学で競技を終える。かつてはそう考えていた浜野さんの心に、変化が生まれたのは、幾度となく味わった悔しさがきっかけだった。
「大学生で、その時なりに全力で走ってきたつもりなんですけど、やっぱりなかなか大舞台で力を発揮できなかったり、全国レベルの選手と戦えなくて悔しいなって思うことが多かった。だから、『もうちょっと頑張ってみようかな、まだできるんじゃないかな』って」
届かなかった場所への渇望が、彼女を新たなステージへと突き動かした。実業団で競技を続けるという決断は、生半可な気持ちではできない。「それなりの覚悟を持って続けなきゃいけない」。その覚悟は、彼女の瞳に確かな光を宿していた。
「やるからには日本のトップレベルで戦えるようになりたいし、駅伝でも日本一になりたいという思いはあります」
そして今、彼女の視線は大学生活の集大成となる最後の駅伝シーズンへと注がれている。そのモチベーションは、もはや個人の記録のためだけではない。
「自分のためだけに走る舞台はもう終わったって思ってて。やっぱり最後は駅伝でチームのために全力を尽くしたい。シード権を後輩たちに残して卒業できたら一番いいねって、ずっと同期とも話してきました。4年間一緒にやってきた同期と、最後は笑って終わりたい。それが一番です」
仲間のために。後輩たちの未来のために。そして、かけがえのない同期との絆のために。全ての想いを一本の襷に込めて、彼女は走る。

