2025.09-10
元ラグビー日本代表主将・廣瀬俊朗さんが語る「勝敗の先にあるもの」
RUGBY
「リーダー」と聞いて、どのような姿を思い浮かべるだろうか。圧倒的なカリスマ性でチームを牽引する姿か、あるいは寡黙な背中で自らの姿勢を示す姿か。現代社会において、組織のあり方が多様化するにつれ、リーダーに求められる役割もまた、一様ではなくなっている。
これはスポーツの世界でも同様だ。特にラグビーのように多様な個性を持つ15人が一つのボールを繋ぐ競技において、キャプテンの存在はチームの浮沈を左右する。
かつてラグビー日本代表のキャプテンとしてチームを率い、歴史的勝利の礎を築いた廣瀬俊朗さん。高校、大学、社会人、そして日本代表と、あらゆるカテゴリーでキャプテンを務め上げてきた彼の言葉には、組織をまとめる普遍的なヒントが隠されている。8月の長野県菅平高原で行われたスペシャルトークショー『LEADER’S MEETING』には、菅平で合宿を行っていた大学・高校の主将が参加。そこで語られた彼の哲学から、新時代のリーダーシップ論を紐解いていきたい。


「何のために勝つのか」リーダーシップを進化させた「目的意識」
廣瀬さんのリーダーシップの原点は、意外にも素朴なものだった。中学で初めてキャプテンになった時、彼が抱いたのは「みんなでやっていきたい」という純粋な思い。やんちゃな仲間も、真面目な仲間も、誰一人として排除せず、それぞれの良さを認め合いながら一つの目標に向かいたい。その思いが、彼のキャプテンシーの根幹を成している。
しかし、その思いだけでは乗り越えられない壁も存在した。彼のリーダーシップが大きく進化する転機となったのは、トップリーグ(当時)の東芝ブレイブルーパスでキャプテン時代に直面した逆境だった。チームが不祥事に見舞われ、部の存続すら危ぶまれる状況に陥った時、彼はかつてないほど深く自問自答したという。
「自分たちは何のために勝たないといけないのか?」
それまでの彼は、どちらかといえば『目標志向』だったと振り返る。「優勝する」「日本一になる」という目標に向かって突き進む。しかし、その先にあるものまでは、本当の意味で腹落ちしていなかった。だが、この逆境が彼に目標のさらに先にある目的の重要性を痛感させた。
「部の存続のため。そして、こんな状況でも応援し続けてくれる人たちのために勝ちたい」
その答えに辿り着いた時、チームのエネルギーは劇的に変わった。勝利という「目標」が、「仲間とチームの未来を守る」という明確な「目的」と結びついたのだ。この経験を通して、廣瀬さんは目的の大切さを痛切に学んだと話す。
2012年には、日本代表のキャプテンを務め、その目的はさらに大きくなる。「日本のラグビーファンのため、さらにはラグビーを知らない人々にも喜びを届けたい」「世界からリスペクトされる存在になり、歴史を変えたい」。所属チームよりも一段上の目的をチームで共有すること。それこそが、ルーツも異なるさまざまな個性を持つ選手を結集させ、奇跡とも呼ばれる偉業を成し遂げるための、何よりの原動力となった。


「良いチーム」になるための三要素
2016年に現役を退き、約10年。廣瀬さんは、リーダーシップのあり方が時代と共に変化していることを敏感に感じ取っている。
情報化社会に生きる現代の若者たちは、多くの知識を持つ一方で、受け身になりがちな側面もある。だからこそ、リーダーには彼らが自らの意見を安心して口に出せる「心理的安全性」の高い環境を作ることが求められる。しかし、それは単なる「仲良しチーム」を作ることではない。自由な発言を促しつつも、チームとしての規律を保つ。その絶妙な線引きとバランス感覚が、現代のリーダーには不可欠だと廣瀬さんは語る。
また、彼は『強いチーム』という言葉よりも『良いチーム』という表現を好む。彼にとっての『良いチーム』とは、『目的への共感』『良い人間関係』『オリジナリティ』を持ち、それを磨くために全員がフィールド外であってもハードワークし合える集団だ。
そして、その『良いチーム』を作る上で欠かせないのが、「リーダーシップをシェアすること」。キャプテン一人がすべてを背負うのではなく、複数のリーダーがそれぞれの得意分野で力を発揮し、チームを導いていく。自分とは異なるタイプのリーダーが存在することで、チームはより強固になっていく。
伝統と自分らしさのバランス
一方で、廣瀬さんにも失敗から学びを得た経験がある。
高校日本代表のキャプテンを務めた際、短期間でチームをまとめなければならない状況下で、彼はいつものように「みんなの意見を待つ」スタイルを貫こうとした。しかし、それが裏目に出てしまい、チームは機能しなかった。状況に応じてリーダーシップのスタイルを変える柔軟性が欠けていたと、彼は猛省した。
また、東芝のキャプテンに就任した当初は「前キャプテンのようにならなければ」というプレッシャーから自分らしさを見失い、本当の思いを伝えられずにチームの信頼を失いかけたこともあった。
これらの失敗経験から、廣瀬さんは2つの学びを得たという。一つは、自分のスタイルに固執せず、置かれた状況や仲間の特性を見極め、やり方を柔軟に変えていくこと。もう一つは、歴史や伝統を尊重しながらも、最後は「自分らしさ」を大切にすること。この二つのバランスを常に意識することが、リーダーが成長し続けるために不可欠だ。


リーダーシップは鍛えることができるスキル
廣瀬さんのリーダーシップ論の中で、印象的なのが「リーダーシップはスキルである」という考え方だ。
多くの人はリーダーシップを、一部の人間にのみ与えられた才能や、天性のカリスマ性のように捉えがちだ。しかし、廣瀬さんはそれを明確に否定する。彼も中学時代にキャプテンとなったのは、自らの意思ではなかったと振り返る。ウエイトトレーニングで筋肉を鍛えるように、リーダーシップもまた、日々の意識と実践によって鍛え、伸ばすことができるスキルの一つなのだという。
その具体的なトレーニング方法として挙げるのが『行動の可視化』だ。例えば「チーム内の関係性を良くする」という大きな目的を達成するために「毎日一人ひとりに声をかける」という具体的なアクションプランを立てる。そして、その行動ができたか、できなかったかを日々チェックし、内省を繰り返す。
ぼんやりとした精神論ではなく、具体的な行動目標に落とし込み、その達成度を測る。この地道な繰り返しが、目に見えなかったリーダーシップという能力を、着実に磨き上げていく。それは、キャプテンという役職を与えられた人間だけでなく、チームの一員である誰もが実践できる方法論だ。
そして最後に廣瀬さんは、他校や他競技との交流の重要性を説く。今回の『LEADER’S MEETING』でも、強豪大学から、地方の高校まで世代を超えたキャプテンが集まった。高校生はお手本となる大学生のマインドを学び、大学生も高校生のエネルギーを感じて、また練習へと向かっていく。
「チームによってゴールは同じかもしれないが、How(やり方)は異なってくる」と廣瀬さん。
学生スポーツは学校という閉じた環境になりがちなところを、交流の場に積極的に参加していくことで新しい視点を見つけることもできるだろう。廣瀬さんも今回のイベントを「参加したすべての人にとっていい刺激になったと思う。これからも機会があれば継続していきたい」と総括した。


競技の枠を超えて、すべての人に通じる哲学
廣瀬さんが語るリーダーシップは、ラグビーという競技の枠を超え、現代を生きるすべての組織、すべての人に通じる哲学に満ちている。
それは、まず自分自身と深く向き合い、「何のために」という根源的な問いを立てることから始まる。そして、仲間と対話し、互いを尊重し、変化する状況に柔軟に適応する。成功も失敗もすべてを糧とし、リーダーシップというスキルを地道に磨き続ける。
勝敗のさらにその先にあるものを見据え、仲間と共に「良いチーム」を創り上げていく旅。その羅針盤となる廣瀬さんの言葉は、未来を担うリーダーたちの背中を、力強く押してくれるに違いない。